《栃木への旅》 大谷石だよ、宇都宮 2 [秋]

開館時間に合わせて訪れたのが、大谷資料館。貸切です!

ここは大谷石の採掘場です。今でも採掘できる状態ですけれど、
きっと他にも沢山採れるので、ここは資料館にして保存したのだと思います。

たった一人の従業員、受付のお嬢さんがとっても美形だったことも
付け加えておかねばなりません。
容姿だけでなく、知的な会話を楽しめるお嬢さんでした。



画像




画像



松が峰教会で、大谷石の建物の響きを体験した私は、
このときのために、リコーダーを2本持って行ったのです。
開館と同時に入場したのも、他人に迷惑をかけないためもありました。

素晴しかったです。

採掘場は一年を通して、気温が7~8度くらいだとか。
寒くはありましたが、真夏にここで無伴奏のコンサートを行ないなぁ。


画像





画像



古代ローマか、はたまたピラミッドの遺跡を見ているような錯覚さえしました。
6、7世紀にこの石は古墳に使用されていました。
私の住んでいる信州では、大谷石は建物の基礎や塀に用いますが、
こちらでは家まで石造りなのですね。地震のときは大丈夫なのでしょうか。

そうそう、東京の旧帝国ホテルもこの石で作られました。(^-^ )


画像





画像



"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""



Papalinの一風変わった人生を応援して下さる方、 このボタンをポチッと押して↓下さると嬉しいです。 m(__)m にほんブログ村 音楽ブログ 楽器・音楽機材へ EYE2U

 
nice!(0)  コメント(4) 

nice! 0

コメント 4

yuri

栃木の旅、とても満喫されたのですね。
情緒ある町並み、行ってみたくなりました。
カクテルも目でも楽しめるお洒落なものばかり。私は全く飲めませんが、こういう雰囲気は大好きです。来年は、運転手をさせていただきますので、是非、アイリッシュバーへお供させてくださいね。
お連れの方のペコちゃん・・・かなり気になります。今回の旅は、まだまだ私の知らない、お連れの方の一面をちょっぴり覗かせて頂いた感じです。(笑)
大谷資料館は写真では見たことがありますが、こちらも素敵なところですね。Papalinさんのリコーダーの響きは素晴らしいものだったと思います。 
この旅は完結するまで、目が離せません。

今年も残り数時間、私にとってお二人との出逢いは最大のものでした。夏合宿に参加させて頂き、私自身本当に得るものが多かったです。他力本願でなく、自ら知りたい、覚えたいと思うことができました。

感謝!感謝!です。本当にありがとうございました。
来年も、よろしくお願い致します。
良いお年をお迎えください。
by yuri (2008-12-31 18:04) 

Papalin

◆◆ 来年は、運転手をさせていただきます

yuriさん、明けましておめでとうございます。
昨年はいろいろとお世話になり、ありがとうございました。本年は運転手をして下さるとのこと、宜しくお世話して下さい。(^_^;)

元々音楽がお好きだったyuriさんです。他力本願はあいますまい。聴く喜び、演奏する喜び、これは比較すべきものでもなく、どちらも素晴しい音楽との接し方だと思います。今年もまた合宿やりましょう!

栃木は思いがけず(?)、いいところでした。都会からだと東武一本で行けますね。是非どうぞ。
 
by Papalin (2009-01-01 14:05) 

ichi

ここは演奏会や展覧会、結婚式にも使われているようですね。自然光が射してくるところなんかもきれいです。
大谷石の一番きれいな加工は、手作業によるハツリの仕上げだと思います。潮干狩りに使うような鋤のような形をして先が鍬のようにつぶしてある道具を使って、石を積むときに下になるほうから、45度と-45度の角度でハツッていきます。刃先が食い込んで割れる面が下向きになるようにしているんだそうです。そうすると、水が染みにくく、豊かな陰影のある模様が刻まれます。ものをつくる人たちが積み重ねて出来ていった技は、ずっと受け継いでいって戴きたいですね。
by ichi (2009-01-03 16:03) 

Papalin

◆◆ 手作業によるハツリの仕上げ・・・

ichiさん、ありがとうございます。
恥ずかしながら、ハツリという言葉を初めて耳にしました(目にしました)。この言葉の意味を知って思い出したのは、寺内貫太郎一家! そういえばあの番組でも、潮干狩り用のカマみたいなのでハツッてましたよね!

大谷石に興味を持ったのは、数年前に我が家のお墓の修繕をしたときのことです。親父が亡くなって、親父が心残りであったろうお墓をリニューアルしました。そのときに古い石塔は台座を除いて全て使用したのですが、基礎の土台は新しくすることにしました。そして要らなくなったのがこの石たちでした。

我が家のお墓は50kmも離れた松本市にあるのですが、石屋さんに我が家まで運んでもらったんですよね。火にも強いということで、釜を造りました。
 
by Papalin (2009-01-06 22:45) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。